日々

茶壺雑記

今から10年ほど前に私がはじめて買い求めた急須は
宜興孟臣款の50年代の早期壺でした。

たしか岩茶房さんで茶葉を入手した帰り、
たまたま、立ち寄った古道具屋さんでその茶壺に出会って、
款は無論、土のことも形のことも何も分からないまま、
ただ佇まいが気に入り手に取りました。

今では信じられないことですが、
当時は土の良い本物の早期壺がまだ数千円で買えた良い時代でした。

何の気なしに買い求めたその茶壺を
その後、お茶にのめり込んでいく数年間にわたり、
文字通り相当に使い倒して、
最後は私の不注意で割ってしまうことになるのですが、
その最後の瞬間に至るまで教訓を残してくれました。

今は、縁あった清代の茶壺や早期壺を愛用していますが、
手に包み込むと、壺肌のアタリ傷、蓋縁の欠けやヒビすらも、
頼もしく安らぎを覚えます。

モノに心はないのかもしれませんが、
使い手の想いはやはり、宿ってしまうのでしょうか。

我ながら陳腐な感想に呆れますが
茶壺は使い手の心を茶湯に届ける神器であるような気がいたします。

本品は清代中期の古茶壺ですが、尊敬するひとりの茶人のもとに旅立つことになりました。
夜の茶室で壺底にあたる水の音色が次なる宿主を捉えた瞬間、不思議な安堵を覚えました。

今日からひと月ほどの間、丁寧に清め土を起こし、心をこめて養壺いたします。

みなさまも良い休末をお過ごし下さい。

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